今回は少し個人的な話も絡んできますが、なるべく本筋の投資・資産形成につながる形でお話しします。
前回の終わりで伝えた通り、オーストラリアへの渡航は私の資産形成に大きく役立ちました。
結論:日本の3年半分を、2年で
まずは数字を、
オーストラリアでの2年間、手取り収入は約1,100万円、支出は約520万円、手残りは580万円でした。
帰国して約1年が経った現在、日本では工夫しても手取り約400万円、支出約230万円で、手残りは170万円です。
つまり、オーストラリアでは日本の3年半分の資産形成を、2年で行えたことになります。
もちろんこれは私の場合の結果です。頑張ればもっと作れたと思いますし、その逆もあり得ます。
なぜオーストラリアを選んだか
ワーホリに行った動機は、小さい頃からの夢である「世界の様々な国を旅すること」でした。そしてオーストラリアを選んだ理由は2つあります。
英語学習
世界旅行が夢だった私にとって、英語を学ぶのは自然な流れでした。帰国後のキャリアの観点でも英語は損にならないと考え、渡航先は英語圏に絞りました。
貯金
当時のオーストラリアは物価が日本の約3倍でしたが、給与水準も同様に約3倍でした。旅の資金だけでなく、資産運用の元手まで現地で稼げると考え、渡航を決意しました。
困難
ただ、実際には簡単な挑戦ではありませんでした。
まず、コロナの影響で渡航自体が延期になり、現地に着いてからもホームシックや歯のトラブルなど、細かい体調・メンタルの問題が重なりました。
環境面でも、なかなかまともな職場に出会えませんでした。給料の中抜きをするオーナー、虚言癖のある上司、セクハラ気質のオーナーなど、振り返ると「おかしい人たち」に何度も遭遇しています。当時は笑い話にできるレベルではなく、正直かなり堪えました。
特に印象的だったのは、悪徳ファームで足を怪我した時のことです。英語圏で救急窓口を利用し、労災を申請するところまで自分で動きました。これは実際にワーホリへ行く方の参考になりそうなので、手続きの詳細は別記事でまとめます。
その他にも、遠距離恋愛の問題、文化の違いによる友人との喧嘩、趣味のサッカーでの膝の怪我、そして帰国直前には無保険のままコロナ・インフル・食中毒のトリプルパンチを受けるという締めくくりまでありました。
それでも得られたもの
これだけの出来事を乗り越えながら、振り返ると次のようなものが残りました。
- 全ての行動を自分で決め、やり遂げる継続力
- 多文化を尊重しながら意見を交換できる協調性
- 簡単に人を信用しない慎重さ
- 世界・日本各地に広がった人脈
- 各国の政治・経済への関心と知識
- 夢の一つを実現した達成感
中でも「簡単に人を信用しない慎重さ」は、過去に2回投資詐欺に遭った経験と合わせて、今の投資判断の土台になっています。怪しい話に飛びつかず、まず疑って調べる癖は、間違いなくこの2年間で鍛えられたものです。
ここから先は枝分かれするトピックが多いため、今回はワーホリの概要としてここまでにします。労災申請の実務的な話、トラブル続きだった人間関係のエピソードなど、一つずつ別記事で深掘りしていきます。
本日も読んでくださりありがとうございました。see you again soon♪


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